黄金色に染まるワルシャワの秋。ショパン国際コンクールは韓国のチョ・ソンジンが栄冠を手にしました。3次予選

第17回ショパン国際コンクール優勝チョ・ソンジン Seong-Jin Cho

第17回ショパン国際コンクール優勝チョ・ソンジン Seong-Jin Cho

で演奏した24の前奏曲を聴いた時、多くの人が彼の優勝を確信したはずです。私もその一人でした。

2位のリチャード・アムランはスモーキーな持ち音で、えもいわれぬような悲しみや失意の深い表現が私たちの心も染め、そうかと思えばソナタ3番や協奏曲2番の最終楽章は超高速で弾き切る大胆さもありました。

3位のケイト・リューは明快さが際立ち、4位のエリック・ルーはアンニュイで退廃的な美が漂い、次々と即興を加えていく優れた才能の持ち主です。5位のドミトリ・シシキンの演奏は刃物を思わせる鋭ショパンコンクール2015ステージさで、時間のあやつり方の不自然さにいくらか戸惑いをおぼえました。6位のトニー・ヤングは溌剌としたリズム感が魅力でした。

日本人で一人ファイナルに進出した小林愛美さんは、世界で演奏している強さがそのステージにあり、3次予選の最後の曲スケルツォ1番は圧倒的で、割れんばかりの拍手が沸きおこりました。

さて、ショパン国際コンクールは今でこそ世界でも最も栄誉あるコンクールですが、その発案の頃の影の時代を

第17回ショパンコンクールプログラム

第17回ショパンコンクールプログラム

振り返っておきましょう。

1920年頃、ショパンの音楽は、大袈裟にロマンティックで危険なまでにセンチメンタルだという評価を受けて、音楽学校ではプログラムに推奨されず、また、戦争を経験した人々の唯物的な現実生活とは見合わないとされていました。誇張やセンチメントほどショパンと縁遠いものはないはずなのに。

ショパンの死後、そのピアニズムが途絶えてしまったにはそれなりの理由があります。まずショパンはおよそピアノ演奏の流派に無縁だったこと。もう一つは、彼が教えた多くはフランス貴族や亡命ロシア貴族の夫人たちで、プロのピアニストはごくわずか、テレフセン、マティアス、ミクリくらいだったために、奏法を受け継いで世に広める弾き手がいなかったのです。リストの奏法でショパンが演奏されていたといいます。

こうした憂慮すべき状況にあって、数少ないながらショパンの真の価値を見抜いていたポーランドのピアニストたちは、見事な展望を実現したのです。

スポーツに熱中する若者を見て、イェジ・ジュラヴレフ教授は「そうだ、コンペティションだ!」と閃いたといいます。若いピアニストが賞金を得てキャリアを築くスタートになることはもちろん、入賞に関わらず、後のコンサート活動によってショパン作品の世界的普及につながる。この発案のきっかけがその後どれほど評価されたかは、今日のショパンコンクールが証明しています。

 

コンクール中、審査員を務めるアンジェイ・ヤシンスキ教授に『ヤシンスキのショパン論』をお伺いしました。1975

Prof.Jasinskiご夫妻

Prof.Jasinskiご夫妻

年コンクールから9回審査員を務め、35年間に渡ってショパン演奏を俯瞰していらした教授の集大成と言えます。

●ショパンのスタイルとは音を朗読すること、加えて即興性にある。

それはつまり、テキストを読み取って、雄弁にイントネーションやアクセントをつけ、聴く人の心を動かしていくことであり、ショパンが心酔したイタリアオペラのベルカントにはその本質がある。ベートーヴェンやリストとはまったく異なる音楽の形である。ショパンコンクール2015ヤシンスキ先生と

ヴィルトゥオーゾであっても、ショパンのスタイルの理解が足りていないピアニストは多い。日本のピアニストに欲しいものがあるとすれば、自由な想像力である。

「芸術で最高に美しいものをコンサートで聴こうと思ってはならない。」というショパンの言葉はサロンピアニストの美学であり、閃きによってもたらされる即興の芸術性を示している。

●演奏をセリフにする。

パッセージやフレーズを、強弱、dur,moll、時間の伸縮を使って色調の違いを作り出していくことで、演奏は聴衆に向けて語るセリフになり、詩となる。

●人間のすべての感情を音に込める。悲しみ、喜び、怒り、失望、哀愁、憧れ、勇気、力、ジョークetc.

●長い道のりの末に、簡潔さとごく自然な表現に行きつく。

1、人間であること-感情の表現ができる

2、高い美意識を持つこと

3、音楽家であり、ピアニストであること-技術を有する

ヤシンスキ教授は永年のショパン研究の末、ショパンの心境そのものに行き着かれたように感じます。

 

海老彰子さん、青柳いづみこさんと

海老彰子さん、青柳いづみこさんと

さてもう一人、審査員を務めた海老彰子さんにはコンクールが終わった翌朝にお話を伺いました。こちらは青柳いづみこさんをまじえて、フレッシュで出来たてほやほやな話題で盛り上がりました!

「審査員それぞれの評価に個人差はあったけれども、総じて審査は公正でした。全体を見ると、5年前の方がレベルは少し高かったという印象があります。」

明るい表情の海老彰子さん

明るい表情の海老彰子さん

「コンクールで演奏者に必要なことは3つ。緻密度、探求度、全体像の構成力です。」

数々の国際コンクールを審査された経験を通じて、集約されたこの簡潔にして力強い言葉!審査の重責から解放され、ワルシャワの秋の陽ざしに映えて、海老さんの表情は明るくバラの花のようでした。

 

(国際部 くすはら しょうこ)

*JPTA日本ピアノ教育連盟Klavier Post 2016冬 124号に掲載