先週末、京都でのグランミューズ部門の審査を終えた翌朝、7時過ぎののぞみ号に乗り込みました。

窓側のビジネスマンと思われるおじさんが、ゴホンゴホンと変な咳をするのがイヤでしたが、ひとまずはこれでよし。10時前には東京に着くはずで、桐朋の授業には余裕で間に合う予定!

。。。しかし、現実はそうはいかなかったのです。

私の乗ったのぞみ号は、名古屋手前で、

「ただ今停電となりました。停電です。この列車は停車します。原因が分かり次第お知らせします。」

動力を失ったのぞみ号は、実に滑らかに、絶妙なリタルダンドで減速し、ついには田園風景の中にぽつねんと停車してしまいました。

車掌さんのアナウンスを待つより早く、となりのビジネスマンのお仲間がやって来て、

「地震!大阪ですわ。大きかったさかいに、わたし名古屋で引っ返して戻りますわ。うちが心配で、古いんで。」

このビジネスマンさんとて、それから4時間半も足止めになるとは想像もしなかったでしょう。

幸い電気系統は30分もたつと復旧し、のぞみ号は近くの岐阜羽島駅まで動いてくれました。

そのままただただ待つこと4時間。。。

お昼をまわってしまったので、さすがに観念して休講届けを出し、あとはなるまま任せしかありません。結局帰宅できたのは夕方でした。

ご一緒に審査した佐賀の先生は、博多に到着できたのが夜8時だったそうです。

。。。次々いろいろなことが起こるものです。

さて、休講した授業の補講を昨日Ⅱ限に行いました。

大学が休みの土曜日にわざわざ来てもらうのは気がひけますが、教務課からのお達しです。

出席者は少なかったので、かえって学生個人と意思の疎通ができて、転じて福だったと言うべきでしょうか。

最初に現れた吉田さん。

「お家、近いの?」

「いえ、我孫子って先生わかりますか? 我孫子から成田線で3つ先の新木です。」

ここは調布なのだからして、我孫子はかなり遠い。

「そうなの。ありがとう。」

次に現れた大森さん。

「今日は試弾コンサートがあって、今弾いて来たんです。」

「何を弾いたの?」

「ラフマニノフの音の絵39-5と、もう一つは『イタリアン・ポルカ』なんですけど、グリャズノフって人の編曲したものです。」

「え?あのグラズノフ?」

「いえ、グリャなんですよ。グラズノフとは違って、グリャズノフってまだ生きてる作曲家で、パラフレーズものたくさん書いてます。」

「珍しいわね。ぜひ聴かせて。弾いてくれる?」

オリジナルより1オクターブ上でテーマが始まり、徐々にテンポが上がり、ゴドフスキー風の響きのキラメキがある曲。3分弱でコンサートだったら大いに華が添えられる感じ。

うん、上手。大森さんにみんなで拍手!

「他にトランスクリプションもの弾いたことある人いる?」

「リストの『システィーナ礼拝堂で』って曲、弾きました。」

「システィーナ礼拝堂で??? そんな曲がリストにあるの?」

「アレグリのミゼレーレと、モーツァルトのアヴェ・ヴェルムコルプスをリストが編曲したものです。」

「。。。???(ちんぷんかんぷん状態の私)」

学生は本当に色々なことをよく知ってます。知識は学生からもらおう。

聴いてみると、神のお告げのようなアヴェ・ヴェルムコルプスのフォルテの部分と、まさに祈りを捧げているミゼレーレの極めて静かな部分と、はっきり分かれている曲。

システィーナ礼拝堂のミゼレーレは、霊性を保つために夜中の礼拝でだけ歌われ、門外不出で採譜は禁じられていたといいます。

ところが、モーツァルトが14歳の時、ローマに滞在して聴いて採譜し、それが出版されて世に広まったけれども、システィーナ礼拝堂でのミゼレーレの演奏の美しさは、他を寄せ付けず格別だった。その後メンデルスゾーンやリストも写譜をし、それらは現存するといいます。

そんなことを知ることができて、思いがけず補講はとても実のあるものになりました。

禍転じて福!

ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂を次に訪れる時には、できることなら、ミゼレーレが演奏される礼拝に臨んでみたいと思うのです。

楠原祥子