『ショパンが愛したもう一つの楽器ーチェロとの室内楽作品』
桐朋のクラスでクラスコンペ&コンサート開催しました!

ショパンが親交を結んだ偉大な二人の存在。

ポーランドのラジヴィウ公爵とフランスのチェリスト、フランショーム。

この二人の存在があってこそ、数少ないながらピアノとチェロの作品が生み出されたのでした。

🇵🇱ポーランドのアントニ・ラジヴィウ公爵は、若きショパンの天才性を早くから見抜き、パトロンとして活動を後押しした大貴族。自身もオペラも作曲するほどの音楽愛好家で、チェロもかなりの腕前だったようです。

🇫🇷フランスのチェリスト、オーギュスト・フランショームはパリ音楽院の教授でもあり、19世紀フランスの大チェリスト。パリに定住してすぐに知り合い、生涯に渡り親しく付き合った芸術家の一人。ショパンの死を看取り、臨終の床にあるショパンの頼みでチェロ・ソナタ作品65を演奏しています。しました。

ショパンの室内楽作品は片手に入る程度の数しかないのです。

創作のほとんどはピアノ・ソロ作品で、天才作曲家たちの中にあって、例外的にあまりにピアノに偏っていると言えます。

なぜピアノ作品だけを書いたのか。

この答えを導き出すべく、最近学生たちと共に話し合いました。

複数の理由が考えられますが、病弱であったショパンの身体的な理由もあったでしょう。歌劇場と契約を結んで大オペラを書いて上演するなど、ショパンの体力では到底無理だったと思われます。

せめてオーケストラ作品くらいなら書けたのではないか。

事実ポーランドを出る前には、2つの協奏曲はじめオーケストラとピアノの作品を複数書いてはいます。

それら作品には必ず民族色が埋め込まれていて、ポーランド民族であることを背負って、これから西ヨーロッパに出て勝負をかけるぞ、という気概は大いに感じられます。

しかしながらオーケストレーションには長けていなかった。これはよく言われることです。それも理由の一つかもしれません。

その後フランスに定住してからは、もっぱらピアノソロの作品のみの作曲に専念しています。

なぜなのでしょう。

ショパンは音楽には自律的な力があると考えていて、それは言葉のような具体性は持たないが、言葉より人間の心に深く到達すると考えていたと思えます。

具体性は、時として表現の深化の妨げになると考えていたのです。

オーケストラの中の各楽器の音色はそれぞれにまったく違い、それらが一体となって混然とした響きが作り上げられますが、ショパンにとってはオーケストラの楽器の各パートの音色の違いは、具体的であり過ぎたかもしれません。

ピアノの単一の音色によっての表現は、創作の書法を極めていく手段になったのではないか。実際そうしてショパンは書法を追求していったのではないか。

その結果ショパンが導き出した結論は、“シンプルであること”。これに勝るものはないということ。

そんなことをクラスコンサートに向けて学生と共に話し合いました。

さてプログラムです。

 

1,「マイエルベーアのオペラ『悪魔王ロベール』の主題による協奏的大二重奏曲(連弾版)」稲島早織&楠原祥子

2,ピアノ三重奏作品8 第1楽章 ピアノ高橋奏楽

3,チェロソナタ全楽章 作品65 チェロ菊川真 ピアノ古内里英、山川順子、楠原祥子

1曲目のピアノ連弾は、卒業生でデュオでも大活躍の稲島早織さんにプリモを弾いて頂きました。

この曲は世界中探しても楽譜の入手は困難だし、ポーランドのデュオのパートナーのTamaraから手に入れた解読困難な楽譜を使って、昨年稲島さんと私でかなり頑張って譜読みしたので、実はこの曲の演奏は極めてレア。学生たちに聴いてもらわねば、です!

2曲目のピアノ三重奏のヴァイオリンとチェロは、大学2年の学生二人が弾いてくれました。今後全楽章にトライしてほしいです。

3曲目のチェロソナタ、チェリストの菊川真さんはカレッジ・ディプロマ在籍で、今年の8月の霧島国際音楽際で、霧島国際音楽賞を受賞しています。とてもいいチェロ!渾身の演奏でした。ユニークな経歴の持ち主で、明治大学法学部出身、その後桐朋で学んでいます。音楽に魂を奪われた一人なのでしょう。

学校だと緊張感も最高潮で←どうしてもそうなるものでありまして、熱演のコンサートになりました❗️

楠原祥子